JDIと経済特区開発

民間投資を呼び込んで途上国で職をつくることがJDIの特徴

JDIの大きな特徴は開発の医者として国の病気を診断し、処方箋を書き、必要な治療を確実に行い、病気を治すことを最優先としていることです。方法としては今までの37年間の経験をベースに診断することはもちろんですが、できるだけ国のリーダーと直接お会いして病気(問題)を発見し、処方箋と治療方法を共同で作成し、共同で実施する方法を取っています。また貧しい途上国を豊かにするにはあらゆる分野での改善が必要ですが、その中で最も重要なのは内外の民間企業を呼び込んで人々に意義のある職を与えることです。現在の市場経済下での職作りの最善の方法は内外の民間投資を呼びこむことで国ではありません。では、インフラも弱く、人材も乏しく、技術や資金がない途上国でどのようにして民間投資を呼び込むのか?いろいろ考えた末に気が付いたのが経済特区(SEZ)の利用です。言ってみれば江戸時代の長崎の出島です。当時日本は鎖国をしていても長崎の出島だけは特別に外国人も住める住居・施設を作り、特別な法律の下、自由に貿易活動が許され、外国の商人が集まり、長崎の出島は栄えました。

途上国に魅力的な出島を作りそこに民間投資を呼び込めば良いとわかり、早速実践に入りました。1978年にはまだ解放前の中国に招かれ、深浅(シンセン)に経済特別区を開発したいという話を当時の王副首相から聞かされました。まさか共産主義の中国が外国投資を呼び込みたいと言っていることに驚きましたが、実際に1980年からは4か所のSEZを鄧小平の強いリーダーシップの下で始めました。現在は全国に数百のいろいろなSEZができて中国は世界最大の工場になり、日本を抜いて世界2位の貿易・産業大国になりました。中国の現在の成功を促したのは、まさに鄧小平のリーダーシップと外資を呼び込むSEZの組み合わせと思います。

その後JDIはタイ南部の工業団地開発に1978年に参加して以来、現在までに20カ国で40案件の工業団地・SEZ開発に関わってきました。特に1985年のプラザ合意以降の日本からのアジアを中心とした投資ブームの受け皿作りのために、民活によるSEZの開発(今で言うPPP : Public-Private Partnership=官民パートナーシップ)をパイオニアとして、法案・組織改革からすべての分野の支援をしてきました。実際に結果を出すためにはSEZの法律作り・組織改革・案件企画からデベロッパーの発掘、周辺インフラの整備、投資誘致まですべての面倒を見ないと案件が進まないことに気が付きました。そのため、JDIとしては結果を出すためにすべての必要なことを行う手法(A-Z Approach)を考え、実践してきました。その集大成が次に挙げる経済特別区(SEZ)の10カ条です。

 

経済特別区(SEZ)の10カ条

  • 国のリーダーの説得・共通の認識 (国のトップリーダーの強い意思とコミットメントが必要)

  • 関係法律の制定(国際的に魅力的なSEZ法案とガイドライン)

  • 必要な組織の制定・改善(投資家に優しい組織と人材の育成 )

  • SEZプランの企画・作成(国際競争力のあるビジョン、ロードマップ、SEZマスタープランの作成)

  • 具体的なパイロットSEZの計画(成功させられるパイロットSEZの発掘と計画作成)

  • パイロットSEZの実施 (短期間での実施)

  • 投資家の発掘と誘致(はじめてのSEZへの企業誘致は困難であり、工夫が必要)

  • ワン・ストップ・サービスと維持管理の方法・実施 (機能するワン・ストップ・サービスの導入と効率の良い維持管理システムの導入)

  • SEZの全国への普及と製造業以外への導入(全国展開と製造業以外への展開を行う)

  • 関係省庁・援助機関・銀行との交渉とサポートの取り付け(SEZには全てのインフラとサービスが必要になり、全ての関係者の協力が必要)

 

上記の10カ条は2007年8月に行われたASEANのCLMV閣僚会議でも採択されました。そして、この10カ条を核としてJDIはさらにSEZの分野での経験を強めて参りました。1986年にタイではじめてカクラバン工業団地の開発を、普通には3-5年必要な期間を、6か月間で工事を始め、1年間で第一号の工場の稼働に成功しました。同様にマレーシア(1988年)、フィリピン(1989年)、インドネシア(1989年)を手始めに、中央アジア、ロシア極東、ウクライナ、南アジア、アフリカ、中南米の20カ国でSEZの開発をパイオニアとして手掛けてきました。現在はタンザニア、カンボジア、インド、ラオス、ミャンマーとバングラなどでSEZの開発を支援しています。今までに実際にこれらの国で工場が稼働しているSEZは500か所以上になります(そのうちパイオニアとしてJDIが開発にかかわったのは30案件)。これらの500のSEZで作られた貴重な職は2,500万人以上になると推定されます。

 

この方法では国のリーダーが真剣に取り組めば良い結果が出ることが証明されています。つまり国のリーダーは鄧小平のようにその国の国益を第一に考え、SEZプログラムを国の重要な開発の手段とし、実行することです。私どもは祖国の鄧小平として真剣に国造りを進めていくリーダーが要請してくれば協力することにしています。最近の例では、カンボジアで“50万人職作り計画”を2000年に提案し、2005年にはSEZ法案を策定しフンセン首相に承認していただき、2006年からJDI自ら投資も一部引き受け、プノンペンSEZを2008年には開設し、2013年末には45社(23社が日系企業)の工場は操業を始める所まで漕ぎつけ、2011年12月末にはカンボジア最大のミニベア工場(5000人の従業員)の開所式をフンセン首相の列席の元で行いました。フンセン首相以下閣僚の多くからは“50万人職作り計画”がただの構想では無く、実現しつつある事を実感しました。フンセン首相はJDIの努力に感謝し、今後は目標を倍増して“100万人職作り計画”にする様に要請され、2020年までには100万人の職作りを進める予定です。この席上、フンセン首相から2つ目の勲章を授与されました(写真参照)。

 

2009年から2011年まではADB(アジア開発銀行)の支援で、人口400百万人の小さなラオスでのSEZの開発をゼロからSEZ法案・組織作り・人材育成を立ち上げ現在は4箇所で経済特区が稼働するまでになりました。又2013年7月からは世界銀行の支援で最貧国のバングラ国のSEZマスタープランの作成と組織の改善を進めています。バングラは人口が1.6億人もいるのに経済特区がまだありませんので、今後20年間に40-50箇所の経済特区を開発し、1千万人の職を作る計画を作成し、実施に移して行きたいと思っています。

 

上記の様に、一コンサルタント企業でも途上国を大きく変える様なインパクトのある事業を遂行できる事が証明されましたので、引き続き真剣に国造りの医者になりたい、またできる人と今後も協力して国造りに真剣に対応し、より多くの民間投資を呼び込み、一人でも多くの人がやりがいのある職に就き、豊かで幸せな生活ができるように頑張りたいと思います。世界中には何千何万という開発コンサルタントはいますが、JDIの様に開発の医者として真剣にA-Zまで途上国の面倒を長期に見るコンサルタント会社はほとんど見当たりません。JDIは世界で“Only Oneの開発の医者”として今後も活動を続けていく所存です。本当に心から世界の貧し国を変えたいと思っている方はJDIの門を叩いてみてください。

 

株式会社 日本開発政策研究所

代表取締役社長

経済学博士

小林 正一